存立の危機に瀕した「大学の自治」 ――「国立大学法人法の一部を改正する法律」――

             
はじめに

  パンデミック下で開会中の第204通常国会には、首相を長とするデジタル庁が中核となってマイナンバーと紐付けられた個人情報を一元的に管理する「デジタル監視法案」、安全保障上重要とされる米軍・自衛隊基地や原発などの周辺住民を監視対象とする「土地利用規制法案」、憲法9条改憲(2項の「戦力不保持」条項の空文化)や緊急事態条項の創設に照準を合わせた「国民投票法改定案」、そして、「大学の自治」に引導を渡す「国立大学法人法の一部を改正する法律案」などが上程され、その多くは十分な審議もないままに「粛々」と成立している。
  これら一連の法律(案)に通底しているのは、「戦争放棄」・「戦力保持禁止」を規定する日本国憲法9条の下で、「安全保障環境の悪化」をキーワードになし崩しのように進められている戦争のめり込み体制の構築、という性格である。以下では、「国立大学法人法の一部を改正する法律」(5月14日に可決・成立)に即して若干の検討を試みたい。

Ⅰ 新自由主義的大学構造改革――国立大学の法人化

  知識基盤型経済のグローバル化にともなう新しい政治的・社会的現象形態=グローバル競争国家への対応を余儀なくされ、世界各国の政府はおしなべて「知の集積体」としての大学に対して、① 人的資本としてのイノベーション人材の供給源と、②軍事技術を含む先端的な科学技術の研究開発による知的財産権の創出と防衛、を目指すものへと国家関与を強化してきている。
  こうした新自由主義的大学構造改革は、わが国では、小泉政権下2001年、「大学(国立大学)の構造改革の方針」(いわゆる「遠山プラン」)  の策定を承けて、「国際競争力のある大学づくりを目指し、民営化を含め、国立大学に民間的発想の経営手法を導入する」ことが閣議決定され、これが2003年の国立大学法人法の施行、翌年の国立大学の法人化に繋がっていく。国立大学法人法制では、管理運営の決定権が教授会から学長が「主宰」する「経営協議会」と「教育研究協議会」への移転が諮られ、前者にはその構成員の2分の1以上を学外者とするとともに、学長の選出については「学長選考会議」が行うものとされた。ただし、教授会の法的位置づけについては、それが学校教育法上の機関であるところから、手がつけられないままになっていた。

Ⅱ 学長への権限集中、教授会の諮問機関化

   懸案の教授会の位置づけをターゲットとして企図されたのが、2014年の「学校教育法及び国立大学法人法の一部を改正する法律」であり、そこでは、① 学長への権限集中によるトップダウンシステムの確立、② 教育・研究につき議決権を有していた教授会の諮問機関化、③ 学長選考につき学長選考会議の設定基準の拘束力強化、④ 経営協議会の学外委員の過半数化、を柱とするものであった。これは、財界と経産官僚主導の第2次安倍内閣の下で、「世界で一番企業が活躍しやすい国」・「世界で最もイノベーションに適した国」(2013年2月28日、安倍首相施政方針演説)づくりに向けた新自由主義的大学構造改革として、大学と企業とを同列視したコーポレート・ ガバナンスの考え方から学長=社長とみなしたうえで、学長によるトップダウンの指揮命令系統の確立をめざすものであった。
  そしてこの法律の趣旨を徹底すべく発出された2014年の文科省高等教育局長・研究振興局長名の通知(省令)では、①「学長は、教授会の意見に拘束されるものではない」こと、② 「教授会の決定が直ちに大学としての最終的な意思決定とされる内部規則」は「学長が最終決定を行うことが明らかとなるような見直しが必要」と定め、関係国立大学法人に対して強力な行政指導がなされた。
 文科省によるこうした一連の大学の自治破壊の結果、学長選考過程における透明性・公平性を欠く事例が続発し、例えば、大分大学では、学長の再任回数制限の撤廃と教職員の意向投票の廃止、さらには学長が経済学部教授会推薦の学部長候補者の任命を拒否し、専決処分で他の教員を任命するといういわば「学長独裁」とでもいうべき事態までもが出来している。毎日新聞(2021年1月7日)の伝えるところによれば、①「意向投票」を廃止した大学(筑波大、金沢大など17校)、②投票結果が覆ったことのある大学(新潟大、九州大など24校)、③学長の通算任期の上限を撤廃した大学(筑波大、東京芸術大など8校)に上り、新潟大、高知大、滋賀医科大などでは訴訟にまで発展している。
  そして、直近では、本年5月25日実施の大阪大の学長選出において、意向投票では1位が澤氏(346票)、2位が現学長の西野氏(263票)であったが、学長選考会議で2位の西野氏が逆転して選出されるという事態が出来している(西野氏6票、澤氏5票)。

Ⅲ 筑波大学で何が? 

 筑波大学では、学長選考会議・教育研究評議会のみの「主体的」決定に基づく2020年4月の教職員向け通達によって、①2期6年を上限としていた学長任期が撤廃され(定年制も適用されないところから「終身学長」も可能)、②投票結果をふまえて学長選考会議が学長を選考する仕組みの「意向調査投票」がより拘束力の弱い「意見聴取」に改変された。
 同年8月末から9月初めに実施された「意見聴取」では、教職員5441人中1648人が回答し、永田氏は584票、対立候補の松本宏教授はその約1.6倍の951票を獲得した。しかし、学長自身が指名や任命にかかわった学内委員14人、学外委員10で構成される選考会議(議長は河田悌一氏で経営評議会委員を兼任、元関西大学長)は、10月2日、現職の永田恭介学長を「情熱と実行力を有する」などの選出理由を挙げて再選した。
 こうした「密室」での恣意的な学長選出の背景に見え隠れしているのが、筑波大学での軍事研究をめぐる動向である。同大学では、2018年12月に「本学は軍事研究を行わない」とする「基本方針」が表明されていたところ、その約1年後にこの「基本方針」に反して、防衛装備庁の競争的研究資金「安全保障技術研究推進制度」(2次募集)研究課題Sタイプに応募し、採択された (4年間で約12億円、このタイプに採択されたのは筑波大学が初めて)。この方向転換を強引に推し進めてきたのが国立大学協会会長をも務める永田学長で、科学者が防衛予算を受けるのは問題だとの批判に対して、「攻撃に使う兵器開発に関わるのが軍事研究だ」とし、「資金の出所は(防衛省や米軍など)どこであっても構わず、軍事研究かどうかの見極めで重視するのは研究内容だ」と説明していた(朝日新聞2020年3月27日)。ちなみに、この見解は、防衛省の「安全保障技術研究推進制度」を「政府による研究への介入が著しく、問題が多い」と批判した日本学術会議の2017年の「軍事的安全保障研究に関する声明」にも抵触するものであった。

Ⅳ 「国立大学法人法の一部を改正する法律」(2021年)

 以上のような「学長独裁」とでもいうべき事態が多発するなか、文科省に設置された国立大学法人の戦略的な経営実現に向けた検討会議は、提言「国立大学法人の戦略的な経営実現に向けて――社会変革を駆動する真の経営体へ――最終とりまとめ」(2020年12月25日)をとりまとめ、これを承けて政府は、翌年3月2日、概要次のような内容の「国立大学法人法の一部を改正する法律案」を閣議決定した。
  ①学長選考会議の名称を「学長選考・監察会議」と改め、学長に職務の執行状況について報告を求めることができる、②文科大臣によって任命される監事のうち少なくとも一人を「常勤」とする、③監事は、学長に不正行為や法令違反があると認めるときは「学長選考・監察会議」報告する。
 しかし、この法律の基本的性格についていえば、学長選考会議委員の選出母体(経営協議会・教育研究評議会)のメンバーの大半を学長が指名・任命し、そのメンバーが学長を選出するという従来の法構造の根幹それ自体が温存・維持されている点から見て、監事による学長監視機能の強化という装いをとりながら、文科大臣が任命権を有する「監事」の常勤化を通じての政府・文科省による大学への国家関与の常態化に道を開くものとなっている点が決定的であろう。もちろん、国会審議の中で、「学長選考・監察会議の運営に当たっては、大学の自治を尊重」するよう「努めること」とする参議院文教委員会の付帯決議(5月13日)がなされたことには、なにがしかの意味がないわけではない。
  しかし、本法律は、筑波大学の事例が典型的に示唆しているように、「安全保障環境の悪化」を口実にした「敵基地攻撃能力」保有の既成事実化、つまりは「F35」147機(6.6兆円分)の調達、いずも型護衛艦「かが」の空母化、島しょ防衛用高速滑空弾研究、極超音速誘導弾研究、電子戦機開発、米主導の「衛星コンステレーション研究」への参画や、「台湾有事」への軍事的コミットメント(日米共同声明)などの剣呑な戦争のめり込み体制づくりの一環と無関係ではないことに留意される必要があろう。
わが国の「学問の自由」と「大学の自治」、ひいては民主主義的憲法体制は、菅政権による学術会議任命拒否問題とも相俟って、その存立の危機にさらされているといえよう。
 (筑波大学の事例につき、佐藤嘉幸「筑波大学における学長選考制度改悪と軍事研究問題」日本の科学者56巻4号49頁以下参照)
 なお、本稿は、「立命館大学の民主主義を考える会NEWS75号(2021年6月2日)」に掲載した原稿に若干の修正を施したものである。

                    2021年6月11日    中島 茂樹(立命館大学名誉教授)

 

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