「重要土地調査・規制法案」の法的問題性

  2013年12月、安倍政権下で「国家安全保障戦略」が閣議決定された。「積極的平和主義」なる言葉を生み出したこの戦略は、「政府の最も重要な責務は、我が国の平和と安全を維持し、その存立を全うすることである」で始まる。「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」と定める憲法13条とは、国政の目的理解からして全く相容れない。だが、安倍政権はこの戦略の実現を着々と進めてきた。たとえばこの戦略は、「情報機能の強化」として特定秘密保護法を正当化し、「技術力の強化」として「安全保障の視点から……産学官の力を結集させて、安全保障分野においても有効に活用する」などという。2015年から、防衛装備庁の安全保障技術研究推進制度の運用が始まり、多額の政府予算で軍事研究を推進するようになったことを思い起こしていただきたい。そしてこの戦略は、「社会的基盤の強化」に向け、「我が国と郷土を愛する心を養うとともに、領土・主権に関する問題等の安全保障分野に関する啓発や自衛隊、在日米軍等の活動の現状への理解を広げる取組、これらの活動の基盤となる防衛施設周辺の住民の理解と協力を確保するための諸施策等を推進する」ともいうのである。「防衛施設周辺の住民」に並々ならぬ関心を持っていたのである。
   2021年3月26日、「重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律案」(以下「法案」という)が閣議決定され、同日、法案は国会に提出された。今国会での成立が目指されており、近く国会で審議入りするとされている。法案1条によると、「重要施設の周辺の区域内及び国境離島等の区域内にある土地等」が「重要施設又は国境離島等の機能を阻害する行為の用に供されることを防止」し、「もって国民生活の基盤の維持並びに我が国の領海等の保全及び安全保障に寄与することを目的とする」とある。「防衛施設周辺における外国人や外国資本による土地の取引・取得が国家安全保障にかかわる」との一部の声を受けての法案だというが、防衛副大臣が「現時点で、防衛施設周辺の土地の所有によって自衛隊の運用等に支障が起きているということは確認されておりません」(2020年2月25日衆議院予算委員会)と応じているように、そのような立法事実はない。
   法案では、「重要施設」(自衛隊施設、米軍基地、海上保安庁の施設のほか、国民の生命・身体・財産に関わる「生活関連施設」が含められている)の周囲約1,000m、および「国境離島等」について「注視区域」が指定され(5条)、土地・建物(以下「土地等」という)の利用状況の調査を行うこと、「重要施設の施設機能」や「国境離島等の離島機能」を阻害する行為を抑止すべく勧告・命令を行うことが規定されている。また、注視区域のうち、特に重要な施設機能・離島機能に係るものを「特別注視区域」に指定し(12条)、そこで行われる土地所有権の移転等につき届出制をとる(13条)。
   このような法案は、プライバシー権(憲法13条)、思想・良心の自由(憲法19条)、表現の自由(憲法21条)、経済活動の自由(憲法22条)といった人権を制約しかねない。いうまでもなく、人権制約が許されるのは、「公共の福祉」に基づく場合に限られる。だが日本国憲法は、9条で戦争の放棄と戦力の不保持を定め、軍事的なものに公共性を認めておらず、軍事を念頭に抽象的に語られる「安全保障」は「公共の福祉」たりえないのである。このことを踏まえたうえで、具体的な論点について言及する。
   まず、「注視区域」では、土地等の利用状況について調査を行うこととされており(6条)、その際、関係する行政機関の長・地方公共団体の長等に対して「土地等の利用者その他の関係者」に関する情報提供を求め(7条)、さらに必要な場合には「土地等の利用者その他の関係者」に報告の徴収等を求めることができるとされている(8条)。ここで提供の対象となる情報とは、「その者の氏名又は名称、住所その他政令で定めるもの」(7条1項)である。対象となる情報が政令で定められることから、プライバシーにかかわる情報や思想・信条に及ぶ可能性があり、人権を制約することも想定される。もし所属政党等の思想信条に直結する個人情報をも収集するならば、それは人格権(憲法13条)や思想・良心の自由(憲法19条)を侵害するもので許されない(自衛隊情報保全隊訴訟、仙台地判2012・3・26)。法案の一つの狙いは、人権侵害の調査を合法化することにあるのではなかろうか。たしかに法案は、本法による措置の実施に当たっての留意事項として、個人情報保護に十分な配慮が行われ、必要最小限のものとなるべきことを一般的に規定するものの(3条)、より詳しくその規定に目をやると、以下のような問題が含まれている。
   法案6条は、「土地等利用状況調査」を行う際の要件を規定しておらず、調査の対象事項も「土地等の利用状況について」とするのみで、また、調査の方法や方式等についても規定していない(例えば、国土利用計画法41条の規定と比較されたい)。従って、法案がいうところの「重要施設の施設機能又は国境離島等の離島機能」が阻害されるおそれがどの程度あるのかに関わらず、注視区域内の土地等に対して悉皆的に調査が行われる可能性が否定できない(特別注視区域において土地所有権移転等の届出を受けて行われる調査〔13条4項〕についても、調査の具体的な要件や態様については規定されていない)。また、8条による報告の徴収等への拒否については刑事罰(30万円以下の罰金)が適用されるにもかかわらず(27条)、報告の徴収等を求められる事項については「土地等の利用に関し」とされるのみであり、刑事罰の適用との関係で求められる規定の厳格性を欠いている。
   次に、注視区域では、「土地等の利用者が当該土地等を重要施設の施設機能又は国境離島等の離島機能を阻害する行為の用に供し、又は供する明らかなおそれがあると認めるとき」について、土地等の利用者に対して当該土地利用を行わないこと等を求める勧告をすることができるとされている(9条1項)。そして、当該勧告を受けた者が「正当な理由がなく、当該勧告に係る措置をとらなかったとき」には、勧告に係る措置をとるよう命じることができるとされている(9条2項)。9条2項による命令への違反に対しては、2年以下の懲役又は200万円以下の罰金(これらが併科されることもある)が罰則として規定されている(25条)。
   ところで、法案4条は、「重要施設の施設機能及び国境離島等の離島機能を阻害する土地等の利用の防止に関する基本的な方針」を政府が定めることとし、この基本方針には「注視区域内にある土地等の利用者(・・・・・・)に対する勧告及び命令に関する基本的な事項(当該勧告及び命令に係る重要施設の施設機能又は国境離島等の離島機能を阻害する行為の具体的な内容に関する事項を含む。)」が定められるとしている(同条2項4号)。このうち「勧告及び命令に係る重要施設の施設機能又は国境離島等の離島機能を阻害する行為の具体的な内容」は、9条1項・2項が規定する勧告・命令を発する要件そのものに係るものである。この点、名宛人にとって不利益な勧告・命令の要件の重要部分につき、法規ではない基本指針によって具体的な定めを置くことについては、法律による行政の原理に相容れないと考えられる。また、罰則として刑事罰の適用がある命令の要件の具体的内容を基本指針で定めることは、罪刑法定主義の観点から許容されないであろう。
   以上のように、本法案は、その具体的な規定内容においても、「土地等の利用の状況についての調査」が無限定に行われるおそれを否定できず、また、土地利用に関わって行われる行政処分や罰則の適用につき、法治主義、あるいは罪刑法定主義の観点から看過し得ない問題を含むものである。

法案は、内閣官房のウェブサイトhttps://www.cas.go.jp/jp/houan/210326/siryou3.pdf を参照。

                                                      石塚武志(龍谷大学法学部・行政法)
                                                      奥野恒久(龍谷大学政策学部・憲法学)

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